株式会社Gakken 学研の図鑑LIVE 編集長
松原 由幸
- 2012年
- 生命理学科卒業
- 2017年
- 生命理学専攻博士後期課程修了 (博士(理学))
図鑑に描かれた恐竜を模写するのが好きな子供だった。中学・高校時代に培われた生き物への興味は、生命理学科での学びを通して動物のかたちを決める骨格の進化の謎へと向かった。動物ごとに違う胴の長さに着目し、たったひとつの遺伝子の発現時期の違いで多様性が生まれたことを博士課程で明らかにした。生き物の研究の面白さを図鑑を通して子供たちに伝えたいと出版社に入社。現在は編集長としてライブ感溢れる図鑑づくりに日々奮闘している。
生き物と図鑑に魅せられた少年
岡崎市で生まれ育ちました。絵を描くのが好きで、小学校の頃は図鑑に載っていた恐竜のイラストを模写して遊んでいたのを覚えています。今思うと運命的なのですが、「学研の科学」や「学研の学習」も毎月楽しみにしながら読んでいました。中学3年生の時、本を読んで新聞のようにまとめる「調べ学習」というものがあり、理科で少しだけ習っていた遺伝子とタンパク質について書かれた本を題材にしたのですが、小さなひとつひとつの細胞で転写と翻訳が巧妙に制御されていることや、このしくみが自分の体の中にも入っていることを知って衝撃を受けました。これが生物に惹かれるきっかけになったように思います。高校に入ってからは当時設立されたばかりのSSH部に所属して、市内のタンポポの雑種化について調べたりしました。SSH活動の一環として、生命理学科の研究室で実験させてもらったこともあります。
生命理学科で出会った骨格進化の謎
体験実習での縁やSSH部の顧問の先生の勧めもあって、名古屋大学理学部に入学し生命理学科に進みました。早く専門的な生物学を学びたかったので、1年生時の共通教育がもどかしかったくらいです。2年生の時、少人数で論文を輪読する演習の授業で、カメの甲羅がどのようにしてできたかを進化的に解き明かした論文を読む機会がありました。動物の骨格の劇的な変化が、意外にも発生過程のわずかな変化によってもたらされていることを知って、動物のかたちを決める骨格やその形成のしくみに強い興味を持つようになりました。幸運なことに、ちょうど研究室配属の頃、脊椎動物の骨格パターン進化のメカニズムを研究している先生が赴任されてきて、迷わずその先生に師事することにしました。
胴の長さの多様性をもたらしたしくみを発見
私たちヒトをふくむ脊椎動物には胴体を貫く背骨がありますが、背骨は小さな椎骨が連なってできています。カエルでは椎骨の数は頭から骨盤まで10個くらいしかありませんが、胴の長いヘビでは300個以上あるものもいます。この胴体の長さの違いがどのようにして生まれたのかを解くのが研究テーマでした。
最初から博士後期課程まで進学するつもりだったので、じっくり6年かけて取り組みましたが、胚発生過程におけるGdf11というたったひとつの遺伝子の発現のタイミングの違いで説明できることが分かりました。カエルやカメなど胴体の短いものほど発現のタイミングが早く、エミューやヘビなど胴体が長くて骨盤までの椎骨が多いものは、発現のタイミングがとても遅いのです。脊椎動物の背骨を中心にした形態の多様性は160年以上も前から指摘されてきたのですが、胴の長さの多様性がひとつの遺伝子の発現のタイミングの変化というシンプルなしくみによってもたらされていることを発見でき、この上ない達成感を感じました。成果は、創刊されたばかりのNature Ecology & Evolution誌に掲載されて大きな反響がありました。
生き物の面白さを子供たちに伝えたい
そのまま研究者になるという選択肢もあったのかもしれませんが、自分の強みを活かすことを考えたとき、子供の頃からお世話になった図鑑などの科学に関わる書籍をつくるという仕事にも興味を感じました。博士号を持っている編集者というのはまだ少ないのですが、背骨の進化の研究の話を面白がって聞いてくれたGakkenに入社することになりました。
最初は小中学生向けの理科の参考書の編集や科学イベントの運営に携わったのですが、念願叶って2020年から始まった「学研の図鑑LIVE」シリーズの改訂に加わることになりました。大好きな「恐竜」の担当を任され、企画立案から出版まで怒濤の2年間を大いに楽しみました。研究者が面白いと思っていることを正しく分かりやすく子供たちに届けることを念頭に、様々な表現方法を考えて取り入れています。また、恐竜のイラストも、細部にわたるまで科学的に正しく描くために、原著論文まで遡って調べた情報をイラストレータに橋渡ししました。おかげさまで反響は良く、昨年からは「学研の図鑑LIVE」シリーズの編集長を任されることになりました。自分がそうだったように、図鑑は子供の知的好奇心を伸ばし、人生を変えることだってあります。未来の子供たちのために、これからも本気さが伝わる図鑑づくりを続けていきたいと思っています。
取材・構成・撮影/松林 嘉克