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名古屋大学大学院理学研究科
生命理学専攻脳機能構築学研究室
 
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脳機能の獲得
(小田洋一・谷本昌志)
セマフォリン・プレキシン系の情報伝達機構
(高木新)
アフリカ・タンガニイカ湖産のシクリッドにおける左右性行動の神経基盤
(竹内勇一・小田洋一)
分子のふるまいから読み解く脳の仕組み
(坂内博子)
 
 
 
Research 
研究の背景
これまでの研究
  1. 神経伝達を制御する新たな分子メカニズムを発見
  −シナプスにおける受容体の側方拡散が、GABA作動性シナプス伝達効率を決める−
  2.グリア細胞の活動を区切る拡散障壁の発見
現在の研究
  1.1分子イメージングによる受容体側方拡散制御の分子機構の解明
  2.カルシウムイメージングによるグリア細胞進化的意義の解明
近年の論文
研究の背景
 体重の2%を占める脳は,感覚,思考,運動を司り,記憶・学習を担う,人間活動の基盤ともいえる器官です.われわれの脳は1000億個以上の神経細胞と,その10倍(=一兆個)以上もの数のグリア細胞からできています.神経細胞は相互に連結し複雑な情報処理ネットワークを作り上げ,グリア細胞は神経細胞の生存をサポートしその働きを制御する役割を担っています(図1).
膨大な情報処理を行う脳はよくコンピュータに例えられます.しかしコンピュータと異なり,脳の部品,すなわち神経細胞やグリア細胞を構成する脂質やタンパク質は一生を通じて常に入れ替わっています.常に部品が入れ替わっているなかで,どのように脳の構造が保たれ,記憶・学習・思考といった機能を果たすことができるのか?  その根底に潜む物理法則や分子機構を明らかにすることを目指しています.
図1:脳の構成要素
神経細胞とグリア細胞

 

これまでの研究 
 この研究課題に対し私は,「細胞の中の分子1個1個の動きを観察する」という方針で取り組んできました.小さく透明な分子はそのままでは見えませんが,標識をつければ分子がどこにいるかを知ることができます.これまでの研究では,蛍光ナノ結晶「量子ドット」を神経細胞・グリア細胞の目的の分子に融合してその動きを観察してきました(図2,動画1).この「量子ドット1分子イメージング法」(Bannai et al. Nat. Protocols 2006)を以下のことを明らかにしてきました.

図2:量子ドットによる分子の標識
この図では,抗体を介してGABAA受容体という細胞膜上のタンパク質を量子ドットで標識する方法を示している.
この方法で標識された神経細胞上のGABAA受容体(緑の点)の動きを動画1に示す.
Bannai et al. (2006) tNat. Proocols 1(6):2628-34.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1. 神経伝達を制御する新たな分子メカニズムを発見
−シナプスにおける受容体の側方拡散が、GABA作動性シナプス伝達効率を決める−
 Bannai et al. (2009) Neuron 62(5):670-82; Niwa et al. (2012) PLoS ONE 7(4) e36148
神経細胞と神経細胞は「シナプス」という特殊な構造(図3)を介して,情報を伝達します.このシナプスにおける情報伝達がいろいろな刺激によって強化されたり,弱まったりすることが,記憶・学習の基礎になっています.シナプスの情報伝達の強さが変化する仕組みを明らかにするために,我々は情報を前の細胞から受け取る役割のタンパク質「神経伝達物質受容体(図3,赤)の一種,GABAA受容体1分子を量子ドットで標識しその動きを顕微鏡で追跡しました.すると,シナプス伝達が弱くなる条件では,GABAA受容体の細胞膜上で動きが著しく増加していることが判明しました(動画2).一方,細胞膜上に存在する受容体の量は変わっていませんでした.すなわち,GABAA受容体が細胞内に取り込まれたり壊されたりするのではなく,細胞膜上でGABAA受容体の動きが増してシナプスから出て行きやすくなるため,結果的にシナプスの受容体の数が減りシナプス伝達が弱くなることがわかりました(図4).この研究結果は,シナプス伝達効率を「細胞膜上での受容体の動き」という物理現象が決めていることを意味しています.(Bannai et al. Neuron 2009)
また,これまGABAARでGABAARの側方拡散制御に関わると信じられて来た唯一の足場タンパク質gephyrinが,シナプス可塑性時のGABAAR側方拡散変化の過程に無関係であるという意外な事実も発見しました(Niwa et al. PLoS ONE 2012)
 
図3:シナプス
神経細胞同士の情報伝達にかかわる構造.情報を伝える細胞と伝えられる細胞の間には約20 nm のすき間がある.情報を伝える細胞はこのすき間に神経伝達物質を放出し,伝えられる細胞側の神経伝達物質受容体がそれを受けとることにより神経情報が伝わる.

図4 本研究で明らかになったシナプス伝達の新たな制御機構
(A) 細胞膜に存在するGABAAR数が減少する,という従来の考え方.

(B) それに対して本研究では,「GABAAR側方拡散の増加」という新しいファクターが存在することを示した.

 
  動画2 シナプス伝達が弱くなるとき,GABAA受容体の動きが増加する
量子ドット(緑)によって可視化されたGABAA受容体の動き.灰色はシナプスの位置を示し,GABAA受容体がシナプス内外を出入りしている.シナプス伝達が弱くなっているとき(下段),GABAA受容体の動きはより増加し,一つのシナプスに滞在する時間が短くなっていることがわかった.
 

 

2.グリア細胞の活動を区切る拡散障壁の発見
 Arizono et al. (2012) Science Signaling 5(218):ra27
脳血流やシナプス活動は,代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の活性化により誘導される,アストロサイトと呼ばれるグリア細胞におけるカルシウムシグナルにより制御されています.そのカルシウムシグナルは,アストロサイトの細胞体より突起でおこりやすく,それぞれの突起ごとに独立していることが知られていましたが,なぜこのようにグリア細胞の活動が細胞の場所ごとに区切られているのかはわかっていませんでした.量子ドット1分子イメージング法を用いて,細胞表面に存在するmGluRの2次元拡散運動を調べたところ,突起と細胞体の間にmGluR分子の移動を妨げる拡散障壁が存在し,受容体がそれぞれの区画を行き来できないことが分かりました(図5).この拡散障壁が機能不全になる状態を実験的に作り出すと,カルシウムシグナルは細胞で均一に起こるようになりました.本研究で見つかったmGluRに対する拡散障壁は,mGluRの密度を突起の細胞膜上で高め,突起でカルシウムシグナルをおこりやすくすることにより,それぞれの突起のカルシウムシグナルの独立性を保持するために役立っていると考えられます.
図5:グリア細胞アストロサイト膜上のmGluRの動き
アストロサイト(青)上を量子ドットで標識されたmGluRが10分間に動いた範囲(緑). mGluR の細胞体と突起間の移動は妨げられている.

上記の研究成果により,日本神経科学学会 2013年奨励賞を受賞いたしました.
http://www.jnss.org/syorei/list/

 

現在の研究
 私のこれまでの研究テーマである,GABA作動性シナプスやグリア細胞における膜分子の動きは,実は脳神経疾患と深い関わりがあります.カルシウム依存的なGABAA受容体の側方拡散の増加はてんかん発症時に実際おこっていて,けいれん発作が長く続く原因となると考えられています.また,アストロサイトで我々が発見した代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)に対する拡散障壁が働かずカルシウムシグナルに異常がおこる条件というのは,まさにアルツハイマー病やてんかんを発症した脳でおこっていることです.細胞が膜分子の動きを正常にコントロールしている仕組みが理解できれば,上記の脳神経疾患の治療の糸口となると私は考えています.従って,現在はこれまでの研究を発展させて,以下のテーマで研究を行っています.
 
1.1分子イメージングによる受容体側方拡散制御の分子機構の解明
 1分子イメージングを用いたこれまでの研究では,神経細胞のGABA作動性シナプスに密集するGABAA受容体の側方拡散は様々な条件で変化していることが明らかになりました.そこで,GABAA受容体の側方拡散を変化させるセカンドメッセンジャーや,それを受けて活性化される酵素の同定を行っています.また,GABAA受容体と直接相互作用して,側方拡散をコントロールするタンパク質の探索を行っています.

また1分子イメージングにより,グリア細胞ではmGluR分子の側方拡散を妨げる拡散障壁が存在することがわかりましたが,その実体は全く分かっていません.拡散障壁の機能発現に関わる細胞骨格やタンパク質の正体を解明していきます.
 
2.カルシウムイメージングによるグリア細胞進化的意義の解明
 ほ乳類の脳のグリア細胞は,シナプス伝達や脳血流の制御など脳機能にとって重要な働きをしていることが示されています.魚や線虫など様々な動物種においてもグリア細胞が存在しますが,その役割は完全には解明されていません.グリア細胞の数は,高等な動物になるほど多くなるため,脳の高次機能と密接な関係があると考えられています.本研究では,カルシウムイメージング法を用いて生きた個体内でグリア細胞の活動を可視化することにより,ゼブラフィッシュのグリア細胞の役割を解明しようとしています.魚類のグリア細胞は動物の行動を制御しうるのか?記憶・学習に関わるのか?といった疑問を通して,グリア細胞の進化的意義に迫ります.
図6:ゼブラフィッシュの逃避行動神経回路の模式図
本研究では,この回路の制御にグリア細胞(オレンジ色)がどのように関与しているのかを検討する.

 
1. Arizono M, Bannai H#, Nakamura K, Niwa F, Enomoto M, Matsu-Ura T, Miyamoto A,Sherwood MW, Nakamura T, Mikoshiba K#. “Receptor-selective diffusion barrier enhances sensitivity of astrocytic processes to metabotropic glutamate receptor stimulation.”Science Signaling 5: ra27. (2012) (2008 年に創刊されたScience の姉妹誌)本論文の内容はScience Signaling Podcast (April 10 2012)で紹介された.
2. Niwa F, Bannai H#, Arizono M, Fukatsu K, Triller A#, Mikoshiba K# “Gephyrin-independent mobility and clustering during plasticity.” PLoS ONE 7: e36148. (2012)
3. Tamamushi S, Nakamura T, Inoue T, Ebisui E, Sugiura K, Bannai H, Mikoshiba K#. Type 2
inositol 1,4,5-trisphosphate receptor is predominantly involved in agonist-induced Ca(2+) signaling
in Bergmann glia.Neurosci Res. 74: 32-41. (2012)
本論文の内容は表紙に採用された.
4. Nakamura H, Bannai H, Inoue T, Michikawa T#, Sano M, Mikoshiba K#. “Cooperative and stochastic calcium releases from multiple calcium puff sites generate calcium microdomains in intact HeLa cells.” J Biol Chem 287: 24563-24572. (2012)
5. Renner M, Schweizer C, Bannai H, Triller A, Levi S#. “Diffusion barriers constrain receptors at
synapses.” PLoS ONE 7: e43032.
6. Fukatsu K, Bannai H, InoueT, Mikoshiba K#. ”Lateral diffusion of inositol 1,4,5-trisphosphate
receptor type 1 in Purkinje cells is regulated by calcium and actin filaments.”J Neurochem, 11:
1720-1733. (2010)
7. Bannai H, Levi S, Schweizer C, Inoue T, Launey T. Racine V, Sibarita J.B, Mikoshiba K,Triller A#. “Activity-dependent tuning of inhibitory neurotransmission based on GABAAR diffusion dynamics.” Neuron 62:670-682. (2009) 本論文の内容は表紙に採用された.
8. Levi S, Schweizer C, Bannai H, Pascual O, Charrier C, Triller A#. “Homeostatic regulation of synaptic GlyR numbers and lateral diffusion.”Neuron 59:261-273. (2008)
9. Bannai H, Levi S, Schweizer C, Dahan M, Triller A#. “Imaging the lateral diffusion of membrane molecules with quantum dots.” Nature Protocols 1:2628-2634. (2006)
10. Fukatsu K, Bannai H, Inoue T#, Mikoshiba K. “4.1N binding regions of inositol 1,4,5-trisphosphate receptor type 1.”Biochem Biophys Res Commun 342:573-576. (2006)
11. Tateishi Y, Hattori M#, Nakayama T, Iwai M, Bannai H, Nakamura T, Michikawa T, Inoue T, Mikoshiba K. “Cluster formation of inositol 1,4,5-trisphosphate receptor requires its transition to open state.” J Biol Chem 280:6816-6822. (2005)
12. Bannai H, Fukatsu K, Mizutani A, Natsume T, Iemura SI, Ikegami T, Inoue T#, Mikoshiba K. “An RNA-interacting Protein, SYNCRIP (Heterogeneous Nuclear Ribonuclear Protein Q1/NSAP1) Is a Component of mRNA Granule Transported with Inositol 1,4,5- Trisphosphate Receptor Type 1 mRNA in Neuronal Dendrites.” J Biol Chem 279:53427-53434. (2004)
   
 
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