ショウジョウバエ発生の分子機構
受精卵から複雑な体制をした個体が形成されるダイナミックな発生過程は、生物学の中でも特に興味をそそる現象でしょう。当研究室では、発生過程に
おける細胞増殖・分化・形態形成などを制御する分子機構について、ショウジョウバエ・モデル系を中心に個体レベルでの研究を行なっています。これは、同種
においては遺伝学・発生生物学・分子生物学などがよく発達しています。そして、その生物学的特性を利用したゲノム操作など、さまざまな実験手法を用いるこ
とによって、遺伝子機能を直接個体レベルで解析することが、他の生物種に比べて容易だからです。
各生物種ごとに、特定の期間に固有の大きさと形態をした個体が形成されます。また、各組織や器官の大きさ・形もほぼ一定しています。これはどのような仕
組みによって制御されているのでしょうか?これを解明するために当研究室では、個体の発育速度が遅くなるとともに、細胞・個体サイズも小さくなるショウ
ジョウバエ突然変異体を分離し、解析を進めつつあります。この原因遺伝子をクローニングしたところ、C末端側の約150アミノ酸残基の領域は進化的に保存
されており、酵母や線虫・ヒトなどにも存在すること、ショウジョウバエでは遺伝子ファミリーを構成することが明らかになりました。酵母の遺伝子は、ミトコ
ンドリア内膜に局在してタンパク質の移送や膜ポテンシャルの維持に関わる因子をコードすることが報告されましたが、ショウジョウバエ遺伝子産物もミトコン
ドリアに局在することから、これのオーソログと考えられます。つまり、ミトコンドリア生成や機能の異常によるエネルギー産生低下により、発育異常が生じた
ものと考えられるわけです。さらに、この突然変異を増強する突然変異の検索を行うことで、ミトコンドリアによるエネルギー産生情報を伝達して、増殖制御を
行うシグナル伝達経路の解明を進めつつあります。面白いことに、この突然変異体では、精子形成にも異常が見られます。また、この遺伝子ファミリーの他の2
つの遺伝子は精巣特異的に発現しており、これらはエネルギー産生というハウスキーピングな機能の他に、精子形成という発生現象にも深く関わっていると考え
られる訳です。現在、これらの精子形成過程における機能と互いの機能分化についても解析しつつあります。
さらに、これら遺伝子は進化の過程で保存されてきたフォスファターゼのスーパーファミリーを構成していることがわかりました。これらの遺伝子について
も、突然変異体を分離したり、遺伝子導入系統を作成したりして、機能を明らかにしようとしているところです。そして、精子形成、卵形成、翅のパターン形成
などに関わるBMP/Dppシグナル伝達経路の新しい負の因子をコードしていることが明らかになりつつあります。る。