細胞間シグナルと受容体の解析から探る植物のかたちづくりと環境応答

細胞間シグナル研究グループ 教授 松林嘉克


植物のかたちづくりや環境応答を担うリガンド-受容体ペア

 高等植物では,受容体キナーゼ(receptor kinase)と呼ばれる1回膜貫通型のキナーゼタンパク質群が,分泌性シグナル分子群の有力な受容体候補と考えられています.しかし,シロイヌナズナにおいて625個見出されている受容体キナーゼのうち,特異的リガンドが確定しているものは全体の3%に満たず,残りはすべてリガンド未知すなわちオーファン受容体です.一方,リガンドの最有力候補と考えられている分泌型ペプチドをコードする遺伝子群は,ORFサイズを50から150アミノ酸に限定しても900個以上が存在します.私たちは,これらの中から植物のかたちづくりや環境応答に関わるリガンド−受容体ペアを見つけ出し,個々の生理機能を分子レベルで明らかにしたいと考えています.


新しいホルモンを探す

 内生のホルモンは典型的なリガンド候補です.私たちは様々な手法を駆使して,新しいホルモンを探索しています.特に近年注目しているのは,翻訳後修飾を受けた短鎖ペプチドです.翻訳後修飾には高いエネルギーコストがかかることから,進化的に保存されてきた翻訳後修飾ペプチドにはコストを上回る機能が付与されている可能性が高いという予想に基づいて,バイオインフォマティクスと生化学的解析を統合した新規ペプチドホルモンの探索を行なっています.この手法によって同定したペプチドホルモンの代表例は,根における局所的な窒素の欠乏を植物の全体に伝達する働きを持つCEPです.このホルモンの作用により,窒素欠乏部位から離れた根での硝酸イオンの取り込みが促進され,自然界の不均一な窒素環境下でも植物が安定して窒素栄養を取り込むことができるようになります(図1).

 また,翻訳後修飾酵素の遺伝子破壊株の形態は,修飾を受けるすべてのペプチドホルモンの機能的欠損を反映することに注目して,翻訳後修飾酵素の同定も進めています.実際,私たちは翻訳後修飾酵素のひとつであるチロシン硫酸化酵素を同定し,その欠損株では根端メリステムにおける細胞分裂活性が顕著に低下することに着目して,根端メリステム形成に関与する新しいペプチドホルモンRGFを発見しました(図2).

 さらに最近,バイオインフォマティクスと生化学的解析を統合した解析により,根の拡散障壁であるカスパリー線形成に関与するペプチドホルモンCIFを発見しました(図3).カスパリー線は,根の内側の内皮細胞の周囲に形成され,栄養分の輸送に関わる道管と外界との間における分子の自由な行き来を防ぐ働きをしています.このホルモンが作れない植物では,カスパリー線に多数の穴があき,根から栄養分が漏れ出たり土壌から有害な成分が侵入したりするために,植物体が土壌成分の変動に耐えられず,正常に生育できないことが明らかとなりました.


翻訳後修飾酵素を同定する

 細胞外分泌型のペプチドやタンパク質は,しばしば硫酸化や糖鎖付加などの翻訳後修飾を受けています.こうした修飾は細胞外という特殊な環境で小さな分子が特異的な機能を発揮するために重要な役割を果たします.翻訳後修飾は特異的な酵素によって付加されますが,これらの酵素を同定することも私達の研究の重要なターゲットです.上述のように,私たちは翻訳後修飾酵素のひとつであるチロシン硫酸化酵素(Tyrosylprotein sulfotransferase: TPST)を,シロイヌナズナ細胞の膜タンパク質画分から精製・同定し,その欠損株では根端メリステムにおける細胞分裂活性が顕著に低下することを明らかにしています.

 また,Hypアラビノシル化は,一部のペプチドシグナルや細胞外タンパク質の機能に重要な役割を果たす翻訳後修飾です.私たちは,この修飾反応に関わる糖転移酵素(Hydroxyproline O-arabinosyltransferase: HPAT)についても,シロイヌナズナの細胞の膜タンパク質画分から,精製・同定することに成功しています.HPATを欠損させた植物体では,細胞壁厚の顕著な減少,花成の促進,および花粉管伸長異常による不稔など,栄養成長および生殖成長の両方に様々な異常が観察されました.これらの結果は,今後どこでどのようなアラビノシル化ペプチド・タンパク質が機能しているかを知る上で重要な情報となり,新しい研究の出発点になります.

 さらに,最近では,植物で大きなファミリーを形成しているアラビノガラクタンプロテイン(AGP)の糖鎖付加の第1段階を担う糖転移酵素(Hydroxyproline O-galactosyltransferase: HPGT)の精製・同定にも成功しました.AGPは,植物の成長や発達に重要な役割を果たすプロテオグリカンですが,その機能には糖鎖部分が大きく関わっていると考えられています.HPGTの欠損株では,側根や根毛の伸長・根端細胞の肥大・矮化・稔性の低下など,AGP欠損株に典型的な表現型が観察されました.この結果も,AGPの糖鎖修飾の意義やシグナリング機構の解明に重要な手がかりを与えます.


受容体を同定する

 ペプチドホルモンなどのリガンド候補について,特異的受容体を同定することも重要な課題です.私たちは,受容体の同定を迅速化するため,受容体キナーゼの細胞外領域をタグ融合タンパク質として個々に培養細胞で発現させた発現ライブラリを構築しており,リガンド候補との直接的な結合活性を指標とした受容体の同定を進めています.リガンド−受容体ペアが明らかになれば,両者によって支配される生命現象の理解が一気に進むとともに,受容体下流の情報伝達系の解析へと研究を展開することができます.


 世界中の研究者たちの挑戦にもかかわらず数多くのリガンド未知受容体が残されている理由のひとつは,リガンドと受容体の双方に植物特有の遺伝子重複があり,遺伝子レベルでの機能解析が難しい点にあります.私たちは生化学的結合を指標としたリガンド−受容体ペアの同定と双方の時間的空間的発現パターン解析とを,従来型の逆遺伝学的解析と融合させることで,新しい細胞間シグナリングの発見とその機能解明を目指しています.