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分子生物学から見た進化 第8回

自己ー非自己識別機構の進化

自己免疫病
 自己免疫疾患と総称される免疫反応が異常になった一連の病気がある。前回も紹介したように免疫反応は、本来はウィルスや細菌など外来性の抗原(非自己)に対して、生体が抗原特異的な抗体やリンパ球を生産し、これによって生体の防御をするものである。ところが間違って、何故か自己成分を攻撃してしまう場合がある。
 たとえば橋本氏病(悪急性甲状腺炎)は、有名な甲状腺の自己免疫病である(図1)。これは甲状腺の生産するサイログロブリンというタンパクにたいして自己抗体が産生され、この抗体やリンパ球が甲状腺を攻撃しはじめる病気である。
 その他、自己免疫疾患としては関節リウマチ、インシュリン依存性糖尿病、SLEなど、いずれも難病指定をうけた病気がよく知られている。これらの多数の疾患が示すように、免疫反応もしばしば間違いを犯すのだ。生体にとって自己と非自己の識別は、それほど容易なことではない。

自己識別の系譜
 この自己識別機構の出発点を進化的に探ってみよう。動物界でこの現象が最初に出現するのは海綿動物である。カイメンは海岸のタイドプ−ルなどでよく見かけるが、岩に苔状に付着し、これでも本当に動物かと思われる生物である。さて、ここで実験をしてみよう(図2)。図のようにダイダイイソカイメンとムラサキイソカイメンの細胞移植をしても異種の細胞はお互いを見分け、移植は成功しない。同じことを同種の二個体のカイメンでやってみよう。すると今度はデタラメに融合する。つまりカイメンは同種間では個体が違っても移植が成功し、異種間になると、はじめて拒絶がおきるのだ。

 このことは節足動物でも一般に確認されている。乱暴な話だが今、二匹のカイコの蛹を腹部で切断し、一方の頭部を他方の尾部に張り合わせ、傷口をパラフィンで治療してやる。つまり二匹の蛹の首をすげ替えたことになるが、羽化の時期がくると見事に蛾の成虫が生じるという(図3)。もちろんこんな実験は大変乱暴で、なかなか成功はしない。もっとスマートな実験は蛹のハネの原基や足の原基だけの移植である。今度は簡単に他個体のハネや足がはえてくるのだ。昆虫は無脊椎動物内ではもっとも高度に進化したグループであるが、このレベルになっても同種内の異個体に対する臓器移植拒否反応は存在しないのである。

 明確に個体の自己識別が確立するのは、ホヤ(原索動物)からだろう。ホヤには群体生活をするものがいて、群体内の各個体は相互に血管で連結している。さて新たにホヤ同志が接触した場合、それが同一群同志であったり、同じ型同志なら両者は融合し血管が連結する。しかし他群間では血管は消失、拒絶してしまうのだ。ホヤの形態はカイメンやイソギンチャクのように簡単な形態で、見かけは下等である。しかし幼生期には脊索を持ち、この動物は実は脊椎動物の直接の祖先といわれるほど高等である。進化段階もここまでくると、すでに原始的な自己ー非自己識別能があるらしい。

これが脊椎動物になると自己と非自己を厳密に免疫的に識別するようになる。とりわけ哺乳類であるヒトでは腎移植や肝移植など臨床的な必要性から非自己の移入が積極的に行われている。もちろんデタラメに他人の臓器を移植すれば、間違いなく拒絶反応がおこり移植は失敗する。成功の決め手は、なによりもドナーとレシピエントの”型”が合うことである。その”型”を決めているのが主要組織適合抗原系(Major Histocompatibility Complex : MHC)と呼ばれる糖タンパクである。

主要組織適合抗原系遺伝子
 MHCの型は遺伝的に決まる。両親のMHC型がきまればその子供の型もきまる。ただこの遺伝子が複雑であるのは一種類ではないことだ。それは遺伝子の染色体上の位置をみればよくわかる。MHC遺伝子はヒト第6染色体に乗っている(図4)。よく似たA,B,C,DR,DQ,DPとよばれる数個の遺伝子が別々の遺伝子座に存在する。さらに複雑なのはAの中には約20種、Bには40種というように多数のタイプ(遺伝的多型という)がある。ヒトによってこのタイプが違うのだ。この複雑な複数のMHCタイプが移植片の抗原性を決めるため移植が難しくなる。この複雑さは親子鑑定には逆に威力を発揮する。MHC型を両親と子供で決定すれば、ほぼ100%鑑定は成功する。

 遺伝的多型については骨髄バンクの例が分かりやすい。バンクはドナーのMHCタイプを血清やDNAを使って決定し、データバンク化したものである。骨髄移植をする際にそのバンクの中から同じタイプのひとを探すのだ。上記のようにMHCは極めて多型にとむから、血縁者以外から臓器提供者を見つけようとすると、10万人に一人という極めて低い確率になる。それほどMHC型は一致しにくいのだ。それが兄弟姉妹間なら、ほぼ四分の一の確率となるから、おおくの骨髄移植がその間でおこなわれるのだ。

MHCのタンパク構造
 MHCのなかでクラスIのMHC(図4参)は身体中のあらゆる細胞の膜表面に発現した膜タンパクである。約400個のアミノ酸に糖鎖が結合した分子で、その構造を図5に示した。この分子を上からみると頂上中央に大きな溝がみえ、大変、奇妙な形をしている。第2の特徴は図5の色でしめした所が突然変異のために大変変わり易く、いろいろなアミノ酸におきかわっている点である。そのためMHCタイプによってこの部分の立体構造が微妙に変わっているのだ。その配列によって約20種のAの遺伝的多型、Bの40種の多型などがきまっている。

MHCの抗原提示
 本来、免疫はウィルスや細菌など外来性の抗原(非自己)に対する反応である。だから臓器移植の場合も、MHCだけでなく臓器を構成する他の多数のタンパクも、素朴に考えると抗原性を持ってよいはずである(実際に弱いながらも抗原性があり、弱い拒絶反応は引き起こす)。それにもかかわらずMHCのみが強い抗原性を示す理由は何であろうか。その秘密は生体内で行われている自己ー非自己の識別機構にあるらしい。

 あるタンパクが自己成分か否かを決めるのはT細胞リンパ球とよばれる胸腺(Thymus)で教育をうけた特殊な細胞である。このT細胞はT細胞レセプターとよばれる抗原と特異に結合する受容体タンパクを細胞表面に持っている。これが前回説明した抗体分子以上に重要な働きをしているのだ。抗体はその分子内に超可変領域を持ち、その部分が特異的に抗原と結合した。同様にこのレセプターも、その分子内に超可変領域をもっており、そのアミノ酸配列がT細胞によって、ひとつひとつ異なっている。特定のレセプター配列をもつT細胞が特定の抗原と結合するのだ。ただしT細胞レセプターは抗原と直接結合するのではなく、MHCタンパクの溝の部分に入った抗原としか結合しないのだ(図6)。T細胞はMHCに抱きかかえられた抗原分子(正確には断片化した抗原)としか反応しない。むしろT細胞は溝内の抗原によって形の変わったMHCの立体構造を読むのだ。非自己のMHCが強い抗原性をもつのは、このようにT細胞がMHCと直接反応するためである。自己のMHCと形が違う非自己のMHCはそれ自体が攻撃すべき異質の抗原なのだ。

クローン選択と非自己の識別
 T細胞はそのレセプターによって抗原と結合する。それでは多様なT細胞はいつ出現するのだろうか。前回説明したように、免疫抗体分子の場合には、あらゆる抗原に対応できるよう、胎生期にB細胞の分化過程で遺伝子の再編成がおこり、多様な抗体遺伝子が準備される(前回参照)。T細胞でもこれと同様にあらゆるT細胞レセプターを持った細胞クローン(細胞系列)が何百万種も胎生期に準備されているのだ。

 T細胞はその後、生後間もない新生児期までに、胸腺とよばれる免疫中枢器官で”教育”される。つまりT細胞のうち自己成分に反応するT細胞は選別され、細胞死させられるのである。つまり体内のほとんどすべてのタンパクは胸腺の細胞のMHC上に提示され、それと反応する一連のT細胞クローンは消滅するのだ。自己のMHCも例外ではない。

 この選別反応は新生児の早い段階に終了し、それ以後はクローンの選択はおこらない。ここに自己と非自己の識別機構が確立する。その後は、T細胞が結合する抗原は非自己、反応するT細胞がなければその抗原は自己と、極めて機械的な判断をうける。これが自己と非自己の識別機構のカラクリなのだ。
 最初に紹介した自己免疫疾患もこうしてみるとT細胞の異常ということになる。自己反応性のT細胞クローンが何ぜか異常に再出現したのであろう。

MHCの多型性、身体の個性    さてカイメンや昆虫など無脊椎動物では同種内移植が簡単に成功していた。ところが脊椎動物になってMHCが出現するとともに同種の移植は不可能となる。その理由は何であろうか。MHC分子が自己ー非自己の識別に重要な役割をすることまでは判明した。だがMHCが極めて遺伝的多型性をしめし、個体同志で相違する理由にはなっていない。MHCで見る限り、同じ型をもつヒトは十万人に一人程度で、極端な身体的な個性を形成しているのだ。残念ながらこれにたいする十分な説明はまだ無い。その仮説を一つだけ紹介しておこう。

 ある伝染病が流行しても、かかるヒトもいれば平気なヒトもいる。また最近よく悩まされるスギ花粉症では目もあけられないほど重症のヒトもいれば平気なヒトもいる。病気にたいする免疫的な抵抗力がヒトによって動物によって大きく異なるのである。この免疫応答性がMHCの型と確かに連動しているのだ。自己免疫病として紹介したインシュリン性糖尿病はMHCのDR3型、4型のひとに約8倍多いし、関節リュウマチはDR4に4倍多い。強直性脊髄炎はB27型のヒトに実に90倍も起こり易い等々、多数の報告がある。

 このように多様な病気にたいする抵抗力の差が、MHCによって決まっているという。ほんの50年前まで、死因のほとんどは感染症であった。免疫能の強弱は自然淘汰に直結しただろう。つまり多数の病気によって、さまざまな自然選択がかかり、その結果として多様なMHC遺伝子が残ったという解釈である。万能のMHCが存在しないのが面白い。ここでは無数ともいえる自然の驚異にたいして、積極的にであれ消極的にであれ、遺伝的な多様性が種全体の絶滅を救っている、と考える。つまり自然はこの身体の個性ともいえるMHCの多様さを積極的に受け入れ、多様性を多様性としてありのまま残すように働いているというのだ。

図 説明文

図1。 橋本氏病は甲状腺にたいする自己免疫疾患で、そのため甲状腺のある前頚部皮下が肥大している。この器官は本来、甲状腺ホルモンを分泌し、体のエネルギー代謝量を調節するが、橋本氏病ではその機能低下がおこる。MHCのDR5型のヒトがその他のDR型より3倍程度かかりやすい。

図2。 カイメンの異種移植実験
ダイダイイソカイメンとムラサキイソカイメンという色の違う二種を用意する。これを海水中で軽くすりつぶし、細胞をバラバラにする。次に混ぜ合わせ、しばらく静置する。やがて細胞は凝集し、いくつかの小さいカイメン塊が再生してくる。しかしダイダイとムラサキ色の二種の細胞は別々に集合し、決して“合いの子”カイメンを生ずることはない。 図3。カイコの種内移植
 カイコの蛹をつかって移植を成功させることはできる。これは蛹期の免疫的寛容ではなく、種内移植である。

図4。MHC遺伝子座
MHCはヒト第六染色体にのっている。A.B,C,DR,DP,DQなど多数の遺伝子座がある。分子構造がよく似ているのでA,B,CはクラスIとよばれ、DR,DP,DQのクラスIIと区別されている。しかも各遺伝子座は極めて多型にとむ。

図5。MHCタンパクの構造
 MHCは細胞膜から突き出たタンパクである。図のα1とα2の部分に超可変領域があり、これがMHCの型をきめる。両者の間に大きい溝があるが、それを上からみたのが下図である。この溝の中に、十数個のアミノ酸からなる抗原断片が、ホットドッグのソーセージ状に入り込む。

図6.抗原認識とMHC
 外来抗原はまずマクロファージに貪食され、消化され断片化する。細胞内で合成されたMHC分子がこの断片を結合し、細胞膜上に提示する。この抗原に特異的なレセプターをもつT細胞がMHC−抗原複合体と結合し、活性化する。

用語解説

免疫学的寛容(トレランス)
生体は抗原を投与されると、通常は抗原特異的な抗体を生産したり細胞免疫反応を引き起こす。これが一部の抗原にかぎって、抗原特異的に無反応になる状態を免疫学的寛容(トレランス)という。つまり免疫抑制剤などによる非特異的な免疫低下は含まない。トレランスには自己成分にたいする自己トレランス、抗原の多量投与による高域トレランスなどがある。

超可変領域
抗体タンパクやT細胞レセプタータンパクは、何十万種も存在する多様な抗原と特異的結合をする。そのため生体内にはアミノ酸配列の異なる両者が多数存在する。配列の変化は分子内の超可変領域とよばれる部位にみられ、この部分が免疫細胞の発生分化過程で体細胞変異や組換えを起し、多様化する。同様に抗原と結合することで知られる主要組織適合抗原系タンパクの抗原結合部位も個体間の変異が多く、遺伝的多型をしめすことが知られている。しかしこれは前2者とは異なり、発生過程で変化することはない。