【日本初開催! ICAR2010参加レポート】

6月6日(日)〜10日(木)
 

 第21回国際シロイヌナズナ研究会議(The 21st International Conference on Arabidopsis Research,ICAR)が、6月6日から10日にかけてパシフィコ横浜にて開催されました。21回目にして初めて日本で開催されるということで、本会議は理研の篠崎一雄先生、基生研の岡田清孝先生を中心としたICAR組織委員会の先生方によって企画・準備が行われました。初日は日曜日だったこともあり、会場周辺ではいくつものイベントが開催されていて、港町横浜らしく、にぎやかな雰囲気に迎えられて会議は始まりました。

 

 今回のICARのテーマは、「2010 and Beyond」。2001年にシロイヌナズナの全ゲノム配列が解読された後に、Arabidopsis 2010 projectとして推進されたポストゲノム研究の総括と、今後の発展へ向けての方向性を示す内容となっていました。会議には、約1300人が参加し、そのうち約700人が国外からの参加者ということで、日本での開催にもかかわらず、国際色豊かな学会となりました。私はICARに初めて参加しましたが、他の参加者に話を聞くと、今回はシロイヌナズナ以外の植物を用いた研究発表が多いことに驚いていました。Plenary SessionのCrop Genomicsをはじめとして、分子育種やnatural variationに関する興味深い発表があり、シロイヌナズナ研究を基礎として、作物や樹木研究との連携を深める方向へと進んでいることが感じられました。また、タンパク質間相互作用、遺伝子発現ネットワーク、メタボロームなどの大規模な解析が盛んに行われており、生物システムの全体像を知ろうとする研究が推進されていることが印象的でした。

 初日はDr. Maarten Koornneef (Max Planck Institute)とDr. Elliot M. Meyerowitz (California Institute of Technology)のKeynote Lectureからスタートしました。Dr. Koornneefは、シロイヌナズナのnatural variationを利用した種子休眠の分子機構に関する講演をされました。次のDr. Meyerowitzの講演は、茎頂メリステムの印象的なムービーから始まりました。PIN1-GFPを発現するシロイヌナズナ茎頂の経時的観察から、葉原基の形成場所の決定にオーキシンや物理的な刺激が関与することを話されました。観察方法を工夫し、植物の発生過程を時間経過とともに観察することは、新たな発見につながるのだということを印象づけられました。

 2日目から最終日までは、午前中に2つのPlenary Sessionが行われました。全部で8つのテーマがあり、”Plant Hormone Regulation”, “Cell Biology”, “Environmental Responses”, “Epigenomics and RNA Regulation”, “Crop Genomics”, “Systems Biology and Metabolism”, “Evolution and Natural Variations”, “Development”と幅広い分野にわたっていました。本特定領域に関係する先生方も、オーガナイザー(荒木崇先生[班員]、関原明先生[班員]、塚谷裕一先生[班員]、岡田清孝先生[班員])またはスピーカー(角谷徹仁先生[班員]、松岡信先生[総括班]、田畑哲之先生[総括班]、鳥居啓子先生[班友])として壇上に上がられていました。

 

 興味深かったセッションについて、いくつか紹介します。”Plant Hormone Regulation”のセッションでは、受容体がついに同定されたABAについてDr. Peter McCourt (Univ. of Toronto) が発表され、続いて山口信次郎チームリーダー(理研)が新しい植物ホルモンとしてストリゴラクトンについて, そして、松岡信先生(名大)が、イネのジベレリン受容メカニズムについてそれぞれ発表されました。”Cell Biology”のセッションでは、西村いくこ先生(京大)の研究がとても印象的でした。病原性バクテリアを感染させた植物体を電子顕微鏡で観察したところ、細胞膜と液胞膜が融合していることを発見し、さらに、プロテアソームがその制御に関与していることを明らかにされました。液胞内部の抵抗性物質を細胞外に直接放出することにより、病原性バクテリアの感染と増殖を防御していると考えられます。“Evolution and Natural Variations”では、Dr. Olivier Loudet (INRA)とDr. Detlef Weigel (Max Planck Institute)がシロイヌナズナのnatural variationを巧みに利用した研究を紹介しました。Dr. Weigelの発表によると、1遺伝子の変異が基盤となって、感染抵抗性などの表現型が変動しているとのことでした。1001 Genomics Project (http://1001genomes.org/) において、次世代シークエンサーを駆使して既に100種類以上のシロイヌナズナのaccessionがゲノム解析されていることや、表現型を自動的に解析するロボットシステムの開発など、大きなスケールで解析が進められていました。また、洪水時に草丈を伸ばす浮きイネの原因遺伝子を突き止め、その分子機構を明らかにした芦刈基行先生(名大)の発表は、natural variationとQTL解析の威力を感じるものでした (シュノーケルをつけたイネの写真が登場するなど、印象に残るプレゼンテーションで、会場の注目を集めていました)。このような遺伝子がイネの栽培化の過程でしっかりと選抜されていることも興味深かったです。最終日の“Development”のセッションでは、鳥居啓子先生 (Univ. of Washington) が進展著しい孔辺細胞の分化について発表し、続いて、Dr. Philip N. Benfey (Duke Univ.) が、根の放射パターンを制御するSHR-SCR 経路が細胞周期制御因子の発現を直接制御することなど、これでもかというくらいのデータ量で会場を圧倒しながら、根の発生過程を解き明かしていました。空間的・時間的にわけてトランスクリプトーム解析を行うことで多くの情報を引き出し、根の発生に関わる新たな因子を発見していました。

 

 一方、午後にはConcurrent Sessionが8つのテーマについて、2つずつ並行して行われました。4日目の午後には、町田泰則先生(名大、領域代表)、深城英弘先生(神戸大、班員)がオーガナイズされた ”Developmental Regulation” が、本特定領域との共催セッションとして行われました。招待講演者とポスターからピックアップされた演者とを合わせて6人が壇上に上がりました。最初は、シロイヌナズナ研究を黎明期から支えてきたUniv. of TubingenのDr. Gerd Jürgensで、胚発生過程における細胞運命決定機構についての講演でした。今回は、オーキシン応答転写因子であるMP/ARF5の下流因子(TMO; TARGET OF MP)についての解析を中心に、オーキシンの分布とそれに応答する転写カスケードが細胞運命の決定に重要であることを示されました。次に The Univ. of SydneyのDr. Mary Byrneが、as1 のエンハンサー変異体として単離された piggyback 変異体の解析から、葉の背腹性の決定機構に、リボソーム機能が関与することを示しました。3人目はDr. Malcolm J. Bennet (Univ. of Nottingham) で、Aux/IAAタンパク質のドメインIIを利用した新たなオーキシン応答マーカーをもちいて、重力刺激時のダイナミックなオーキシン応答について紹介しました。オーキシンに応答した遺伝子発現を利用した従来のDR5レポーターでは、短時間におけるオーキシン分布の変化を観察することは不可能でした。オーキシンの濃度変化をより直接的に観察できる新しいオーキシンレポーターの登場により、これまでのオーキシン応答の解釈が見直される可能性があるかもしれません。この発表には会場からも大きな反響がありました。4人目はDr. Fred Sack (Univ. of British Columbia) で、気孔の孔辺細胞の分化過程を制御するMYB転写因子FOUR LIPSと細胞周期制御因子との関係について発表しました。その後Temasek Life Sciences lab. (シンガポール) の伊藤寿朗先生(班友)が、花メリステムの増殖と分化の制御に、クロマチンリモデリングを介したKNUCKLESの発現タイミングの制御が重要であることを発表されました。最後のDr. Ykä Helariutta (Univ. of Helsinki) は、calloseが異常に沈着する変異体の解析から、plasmodesmataを介してmiRNAが細胞間移行することを示す発表内容でした。このセッションには多数の聴衆が集まっており、植物発生に対するシロイヌナズナ研究全体からの関心の高さが感じられました。

 

 これ以外のConcurrent Sessionでは、長谷部光泰先生(基生研)がオーガナイズされた“Regeneration”において、カルス形成からの不定芽・不定根形成(東大・杉山宗隆先生[班員]の発表)やヒメツリガネゴケの幹細胞形成など、さまざまな角度から組織・細胞新生のメカニズムが紹介されました。また、福田裕穂先生(東大、班員)がオーガナイズされた“Intracellular Signaling”では、近年続々と報告されているペプチド性のシグナル分子についての発表があり、この分野での日本人研究者の強さを感じました。

 

 このようにして、5日間の会期はあっという間に過ぎていったような気がします。朝早くから夜まで、世界の最先端の研究発表を聞くことは大変貴重な機会となりました。特にポスター会場では活発な議論が交わされており、私も同世代の国外の研究者と議論をして、大変刺激を受けました。また、普段なら国際学会に参加する機会が少ない国内の学生も大勢参加しており、自分の研究を英語で発表する良い機会となっていたようです。最後の晩にインターコンチネンタルホテルで開かれた懇親会では、日本伝統音楽として和太鼓のパフォーマンスも披露されました。体の芯に響く太鼓の音色は海外の方にも心地よいものだったのではないかと思います。何人かの海外からの参加者が実際に和太鼓をたたいて、素晴らしい音を響かせていました。また、会議の後に鎌倉や京都を訪れた参加者も多かったようで、日本をより深く知ってもらうことができたのではないかと思います。来年のICARはウィスコンシンのマディソンで開催されるとのことで、さらに新しい発見や手法が数多く発表されることを期待したいと思います。

 

 初めて日本で開催されたICARでしたが、私にとってとても充実した楽しい会議でした。最後に、今回の会議を企画準備していただいたICAR組織委員会の先生方や、会場の運営に携わってくださった大勢のスタッフの方々に感謝したいと思います。
(郷 達明/神戸大学大学院理学研究科・深城研究室・博士研究員)

 

写真出典(HP:http://arabidopsis2010.psc.riken.jp/