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名古屋大学大学院理学研究科
生命理学専攻脳機能構築学研究室
 
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脳機能の獲得
(小田洋一・谷本昌志)
セマフォリン・プレキシン系の情報伝達機構
(高木新)
アフリカ・タンガニイカ湖産のシクリッドにおける左右性行動の神経基盤
(竹内勇一・小田洋一)
分子のふるまいから読み解く脳の仕組み
(坂内博子)
 
 
 
脳機能の獲得
  音刺激から逃げるゼブラフィッシュ(高速度撮影 500フレーム/秒)  

ゼブラフィッシュの後脳のニューロン群(ライブイメージング) 

研究のねらい
   脳のはたらきの根本は,外界からの刺激を受容・処理し,適切な運動を生み出すことにあります.わたしたちは,魚の逃避運動を駆動する回路を対象にして,脳に形成された神経回路の成り立ちと動作原理を理解することを目指しています.動物が危険な敵や刺激からすばやく逃げる運動は,生存にどうしても必要で,最大の効率で実現されることが求められます.それぞれの動物は,刺激の位置を正確に認知し,可能な限り俊敏に遠ざかるために,最適化された回路を獲得したと考えられます.わたしたちは,逃避運動の回路構成と動作原理,回路を構成するニューロンの特性,ニ ューロンの発生から回路形成までの過程の解析を通じて,脳のはたらきがどのような回路で実現され,その回路はどのように出来上がるかを理解することをめざしています.
研究の背景
なぜ,ゼブラフィッシュなの?
運動回路を理解するためには,
  1. 運動のアルゴリズム(目的の運動を実現するための,体の動かし方や手順)を把握し,
  2. 関与する神経回路を単一ニューロンレベルで同定し,
  3. 運動中の各ニューロンの活動と活動を阻害した効果を解析し,
  4. その活動を発生するためのシナプス入力や膜の特性や
  5. その分子基盤 をつきとめる
ことが求められます.

 ゼブラフィッシュの逃避運動は,以下のような理由から,これらの要望に答えられる唯一の脊椎動物標本であるといえます.

  1. 逃避運動は動力学的な解析が可能.
  2. 脳のニューロン数はヒト1000億,ラット1億に比べて100万と少なく,胚や稚魚は透明でin vivoイメージングによって単一細胞レベルで同定可能.
  3. ニューロン活動を光学的・電気生理学的に解析可能
  4. 遺伝学的・分子生物学的手法による操作が可能で,膜特性を決定づける分子基盤を調べることもできる.
さらに,発生学のモデル生物としての,

 5. 多産で発生・発達が早いことに加えて,卵生で体外で発生が進む という特徴から,
   上の(1)から(4)をあらゆる発生段階で追跡することができます.
逃避運動の基本回路:マウスナー細胞
 硬骨魚の逃避運動は,侵害刺激を受けると瞬時にからだを反対側に曲げたのち,速い遊泳で刺激から遠ざかるという明確なアルゴリズムで達成されます(図1)ムービーはこちら ※別ウインドウで開きます.それに深く関与する神経素子が,19世紀半ばにLudwig Mauthner氏が発見した1対の巨大な網様体脊髄路(Reticulospinal: RS)ニューロン,「マウスナー(M)細胞」です(図2).M細胞は逃避運動の直前に活動し ,M細胞の活動は反対側へ胴を屈曲させます.そのため,逃避運動の基本回路(図3)は「刺激側のM細胞が活動し,その軸索が反対側の脊髄運動ニューロンを一斉に駆動し,刺激と反対側に急速にからだを曲げる」と,単純明快に理解されています.
図1
図2
図3
図1.ゼブラフィッシュ稚魚の逃避運動
図2.ゼブラフィッシュ稚魚(左)と網様体脊髄路ニューロン群(右)
図3.硬骨魚の逃避運動の基本回路
最近の成果
異なる感覚入力によって駆動される2種類の逃避運動回路

 M細胞の重要性が強調されていながら,M細胞を破壊されたサカナでも逃避運動ができるというパラドックスがあることが今から30年近く前から分かっていました.やがて,この逃避運動はM細胞以外のRSニューロン(図2)が引き起こすと考えられるようになりましたが,そもそも逃避運動中のRSニューロンの活動は,M細胞以外に計測された例がありませんでした.古典的な電気生理学的手法では,運動中に活動したニューロンを同定することなどほとんど不可能だったため(M細胞の活動が同定できるのは,ごく例外的なのです).そこで私たちは,RSニューロンの活動と逃避運動との相関を調べるため,逃避運動中のゼブラフィッシュからRSニューロン活動をin vivoでカルシウムイメージングするシステム(図4)を用いて,この問題を克服ました.

 このシステムは,以前私たちが開発して,ゼブラフィッシュ生体内での抑制性回路のはたらきをカルシウムイメージングした際(当時,これは世界初の試みでした)に用いた共焦点レーザー顕微鏡(Takahashi, Narushima and Oda, J. Neurosci., 2002)の下に,新しい光学系と高速度カメラを取り付けたものです.これによって,頭だけ寒天の中に拘束した稚魚の脳内のRSニューロンを,共焦点レーザー顕微鏡で光学計測しながら,同時に起こった,自由に動く尾の逃避運動を計測することができるようになりました.このときRSニューロンにはカルシウム感受性の蛍光色素を取り込ませてあるため,ニューロン活動に対応したカルシウム濃度変化を蛍光強度の変化としてイメージングできます 原理図.もうひとつ,世界初の工夫があります.ニューロンのイメージングと同期して焦点面を高速で移動させることで,深さが異なる複数のニューロンでも,活動を同時に計測できるようにしたのです.

 このような光学系を使って逃避運動中のM細胞や他のRSニューロンの活動を調べた結果,私たちはゼブラフィッシュには異なる感覚入力で駆動される,2種類の逃避運動回路があることを見出しました.すなわち,聴覚刺激はM細胞を1回発火させて最も素早く逃避運動を開始するデータの一例一方,頭への触刺激は三叉神経を活動させて逃避運動を開始するのですが,このときM細胞は発火せず,かわりにM細胞と形態の似たMiD3cmというRSニューロンが大きな活動を示すことが分かりました(図5)

 この成果は,J. Neurosci. (Kohashi and Oda, 2008)に発表しました.この論文は,逃避運動中の非M細胞の活動,とくに非M型逃避の実体をはじめて明らかにした点が評価されて,論文掲載号で注目論文として取り上げられたりJ. Exp. Biol.で紹介されました.国内でも,朝日,中日,日刊工業新聞で報道された他,NHKニュースや教育テレビでも取り上げられました..

図4
図5
図4.逃避運動とニューロン活動の同時計測システム
図5.異なる感覚入力に対して異なる逃避運動回路が働く
聴覚の獲得によって実現されるはやい逃避運動

 Hearing Specialist(聴覚の達人)と呼ばれるハヤやキンギョなどと同様に,ゼブラフィッシュも音に敏感で,最も早い逃避運動は聴覚で誘発されます.しかし,生まれて最初に観察されるのは触覚による逃避運動で,音からの逃避は発達後期(受精後80時間以降)にようやく獲得されます. 『遅れて獲得された聴覚誘導性回路が,逃避運動の主役に躍り出る』という事実は,多重に構成される脳回路の形成過程を理解する上で,重要な示唆を与えるであろうと期待されます.そもそも何故,聴覚性逃避運動は遅れて獲得されるのでしょうか? M細胞の聴覚入力の発達を電気生理学的・形態学的に調べたところ,内耳からM細胞に至る聴覚路はM細胞が音に応じる10時間以上も前に形成されていて,聴覚の獲得の律速段階は内耳有毛細胞の機能的な発達であることを見出しました(図6).

この成果は,J. Neurosci.(Tanimoto et al., 2009) に発表しました.聴覚発達の最後のステップが有毛細胞が音に応じるようになる過程であると明示したことが評価され,論文掲載号で注目論文として取り上げられました.国内でも,朝日,中日,読売,日刊工業新聞で報道されました.

図6
図7
図6.ゼブラフィッシュの聴覚回路
 
図7.発生初期(受精後27時間)の聴神経(緑)と内耳有毛細胞(橙)
参考文献 
Daisuke Neki, Hisako Nakayama, Takashi Fujii, Haruko Matsui-Furusho, Yoichi Oda. (2014)Functional motifs composed of morphologically homologous neurons repeated in the hindbrain segments.The Journal of Neuroscience 34(9): 3291-3302; doi: 10.1523/JNEUROSCI.4610-13. [Link]
Watanabe T, Shimazaki T, Mishiro A, Suzuki T, Hirata H, Tanimoto M, Oda Y .(2014) Coexpression of auxiliary Kvβ2 subunits with Kv1.1 channels is required for developmental acquisition of unique firing properties of zebrafish Mauthner cells. Journal of Neurophysiology ;111(6):1153-64;DOI: 10.1152/jn.00596.2013.[Link]
Inoue M, Tanimoto M, Oda Y.(2013) The role of ear stone size in hair cell acoustic sensory transduction. Scientific Reports 3:2114. doi: 10.1038/srep02114. [Link]
Tsunehiko Kohashi , Natsuyo Nakata , Yoichi Oda(2012) Effective sensory modality activating an escape triggering neuron switches during early development in zebrafish.J. Neurosci., 32:5810-20 [Link]
Masashi Tanimoto, Yukiko Ota, Maya Inoue and Yoichi Oda (2011) Origin of Inner Ear Hair Cells: Morphological and Functional Differentiation from Ciliary Cells into Hair Cells in Zebrafish Inner Ear. J Neurosci., 31(10):3784-94. [Link]
Masashi Tanimoto, Yukiko Ota, Kazuki Horikawa and Yoichi Oda (2009) Auditory input to CNS is acquired coincidentally with development of inner ear after formation of functional afferent pathway in zebrafish J. Neurosci., 29: 2762-7 [Link]
Tsunehiko Kohashi and Yoichi Oda (2008) Initiation of Mauthner- or non-Mauthner-mediated fast escape evoked by different modes of sensory input J. Neurosci., 28: 10641-53 [Link]
これ以外の発表論文は、こちらにあります。
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