第9回COE昆虫科学セミナー 「蝶の蛹の色彩決定に関与する環境要因」 京都大学生命科学研究科 平賀 壯太 (元熊本大学医学研究科教授)
多くの蝶が保護色として蛹の色彩多型を示すが, その色彩決定に関与する環境要因について記載した論文はシロチョウ科のPieris属とアゲハチョウ科のPapilio属以外には知らない。私はアオスジアゲハ(Graphium sarpedon nipponum Fruhstorfer)がPieris属やPapilio属とは異なる新しい色彩決定機構を持つことを最近明らかにした。さらにアゲハチョウ(Papilio xuthus Linne) についても色彩決定に関与する様々な環境要因を詳細に解析し、「触覚刺激蓄積仮説」(Tactile signal accumulation hypothesis)を提唱している。
アオスジアゲハの蛹は, 明るい色の方から明黄緑色・淡緑色・灰緑色・赤褐色の4型に分類できる. 充分の照度の光があるときには, 白色の場所では明黄緑色の蛹になり, 黒色の場所では赤褐色の蛹になることが明らかになった. また種々の明るさの灰色のところでは, その明るさに依存して淡緑色・灰緑色・赤褐色の蛹になった. 完全に光を遮断した暗箱内では, 蛹化の面が黒色でも白色と同様に全て緑色型の蛹になった. これらの結果と照度測定のデータから, 「蛹の色彩は, 幼虫の背面からの光と台紙からの光の照度差によって決定される」と結論した. 赤褐色の蛹になるために必要な光の照度差は40 lux以上であった. 蛹化場所の決定時から帯糸(ガーター)を体にかけるまでの時間帯に感受した視覚情報が蛹の色彩決定に重要であることがわかった. 単眼をアクリル絵の具で塗りつぶす実験結果は, 単眼からの光刺激が色彩決定に重要であることを示している. 単眼からの光刺激の情報が脳において総合的に処理されることによりこの照度差が識別され, その結果, 蛹の色彩決定が行われるものと推定される.
アゲハチョウについては、蛹の色彩決定における蛹化場所の粗滑や色彩・光りの照度・食草の存在・湿度・二酸化炭素ガスなどの影響を詳細に調べて、これらの環境要因の相互関係を明らかにした。
- 蛹化場所の色彩(光の波長)は蛹の色彩決定には直接には関係しない。
- 明所(200ルクス)では、粗粒面(サンドペーパー#100・濾紙)上で黒褐色の蛹になり、平滑面(写真用光沢紙・プラスチック板)では緑色の蛹になった。食草が存在すると濾紙上では緑色の蛹の増加が見られたが、サンドペーパー#100上では食草の顕著な効果は見られなかった。すなわち、粗粒面からの触覚刺激が十分強いときには、食草の効果は見られない。
- 暗所では、平滑面でも80%の蛹が黒褐色になった。しかし暗所・密封容器内で食草が存在すると平滑面でも80%の蛹が緑色になり、食草の効果が認められた。ただし、サンドペーパー#100の粗粒面上ではこのような食草の顕著な効果は見られなかった。このことは、暗所でも粗粒面からの触覚刺激が十分強いときには食草の効果は殆どないことを示している。
- この食草の効果の原因として、食草から発散する水蒸気・二酸化炭素・匂い化合物などの可能性が考えられるが、100%湿度で部分的効果は見られたが、二酸化炭素ガス(5%)の効果は見られなかった。
- 触覚刺激および光刺激はガーター形成前だけでなく形成後にも色彩決定に影響を与えることが分かった。
以上の実験結果にもとづき、アゲハチョウでは触覚刺激が黒褐色の色素を誘導する主要環境要因であり、一方、照明・食草の存在・100%湿度は黒褐色色素誘導を抑制する補助的な要因であると結論した。黒褐色色素を誘導するために必要な触覚刺激の閾値をこれらの抑制因子が上昇させるものと推察され,これら実験結果を統合した「触覚刺激蓄積仮説」を述べる。
論文
S. Hiraga (2005) Two different sensory mechanisms for the control of pupal protective coloration in butterflies. Journal of Insect Physiology (in press)